GODJ PLUSの発見と購入

DJ 機材に辟易しながらネットの海を漂い続けてたある日、「ん?」というものを発見。GODJ PLUS何でも仙台のヤグチ電子工業という会社(今はJDSound)が開発したものらしく以下、説明が4サイズにDJに必要な全ての機能を詰め込んだ、オールインワンのポータブルDJシステムです。小さなパーティーから本格的なクラブハウスまで、幅広いDJシーンにこの1台で対応できます。との事。な、なんて、自分のニーズにあったものなんだ!しかし、悲しいかな。サラリーマンは予算が限られています。そんな時に役立つのが、ヤフオク、メルカリ。あえて値段は伏せますが、二週間ほど貼り付き、なんとか予算内でゲット!妻に内緒の為、ヤマトのセンターで受け取り。(ヤマト運輸の会員にはなっといたほうが良いです)そんな感じでGODJ PLUS が手元にやって来ました。64GBのSDカードは秋葉原で購入。ツタヤやネットのフリー音源。音楽作成されている方々のサイトに飛びダウンロード販売しているものを買い漁り、それらをSDカードにぶち込み、ひたすらビジネスホテルで練習する事になります。

DJのイメージと機材の値段

DJ──多分、誰もが一度はやってみたいと思った事はあるのではないでしようか?ターンテーブルにレコードをセットし、中央のいっぱいツマミの付いた機械をなんかグリグリ動かして、下のレバーを右へ左へと動かす。んで「DJ KAORI〜っ!」と叫べば、スッカリ貴方もDJ。しかし自分はクラブにすら行ったこともなく、知識もそんな感じ。そもそも機材はいくらするんだ? 路上でも出来るのか?とスマホで検索しまくる。そして、DJを試みた者全てがぶつかる最初の障害にぶち当たります。機材、高〜ぇえ。どれもこれも最低でも二桁万円。おいおい、なんだよ、これ。趣味、ましてや路上ライブ用などにかける金額じゃねぇよ。貴方はDJって知ってます?──ああ、なんかクラブとかで音楽かけて、レコードこする人でしょ。貴方の周りにDJっています?──………いや、いない。自分が思うに、それもこれも全てこの機材の高さだからだよっ!しかもなんかピカピカ光ってるし、スゲー電気食いそう。つまり、電源のない路上では出来ねぇんじゃねえ?早くも自分の浅はかな思いつきは暗礁に乗り上げるのでした。

憧れと名案

ストリートミュージシャン。今となっては、なんか色々あってやりづらい世の中ですが、なんとなく憧れ、というのをおっさんの自分は持ってました。というのも、おおよそ20年前。仙台にいた自分は寮生活をしていて、一つ上の先輩が仕事が終わるとアコギ片手に路上ライブ演っていたんですね。よく見に行っていた自分は、先輩経由で同じストリートミュージシャンの方々と知り合ってよく飲みに行ったりしてました。地元を離れて孤独だったので随分救われました。自分も、とギターを手にした事もありましたが、まぁ誰もが高校生の時に通るように、理想と現実のギャップで実現はしませんでした。と──ここで自分の中に閃きが。楽器は弾けない。歌も下手(妻曰く)。でも、人の曲流すDJなら出来るんじゃねぇ?演っている人もいない(後に全国ではいた事を知るのですが)から注目もされるし、なんならその先も、と。そして、ビジネスホテルでオジサンはニヤリと不敵な笑みを浮かべたのでした。

高崎駅と路上ミュージシャン

あの光景。高崎駅西口は、1階、2階とあり大きなバスターミナルがあります。1階はまぁどこの駅もそうでしょう、の光景ですが、2階はそのバスターミナルを覆うように近くの商業施設へ連結している大きく、広いデッキになっていました。そのデッキに、彼ら彼女らはいました。スピーカーでカラオケを流しハモっている男性2人組。地べたに座り、聞いたことのない歌をアコースティックギターで弾き語りをする女性。ギターとボーカルに分かれてる男女のユニット。正直、見たことのある。でも今となっては珍しい路上ミュージシャンの方々でした。へぇ~、と感心する自分。そりゃあ40年も生きてりゃ路上ミュージシャンを見る事なんて1回や2回じゃありません。新宿、池袋、大宮と何かの折に見た事はあります。しかしネットやSNS普及している昨今。攻撃の理由に、急に正義を振りかざす匿名の自衛団気取りが溢れている中、その姿は段々見なくなっていた気がします。しかし、高崎駅西口──。さながらフェスのように、あっちではオリジナル曲、こっちでは有名曲をカバー、そっちでは追っかけが付いているイケメンデュオ。おっさんはただただ感心し、ぐるりと周り、面白いモノが見れたとホテルに戻りました。

ケチとコミュ障

やる事のないアフターファイブ。出来るサラリーマンの方々ならスキルアップ、自己成長の為に資格取得! その為の勉強! となるのでしょうが、元来不真面目な自分はそんな気など毛頭ありません。何なら出世欲すら皆無で、「大きなミス、法令違反さえしなければ恒久的に給料は支払われる」という考えでした。まあ、駄目な大人ですね。正直、仕事は面白くないですし、ストレスは溜まりまくり。尊敬する上司もいなければ、愚痴を言い合う同僚もいない、典型的なコミュ障。会社に何も期待していませんので、扶養家族さえ居なければ、どっかで辞めていました、ね。それでも愛する家族の為、苦笑いと作り笑いを浮かべつつ、昼間は得意先を周り、ビジホに泊まって酒を煽り、何だこの時間、とベットで大の字。こんな日々でした。そんな、ある日──。いつもの郊外のビジホの予約が取れなかった為、仕方なく多少値のはる高崎駅近郊のビジホにチェックインしました。「ま、たまにはいっか。じゃ、早速近所の飲み屋探索だ」と自分は荷物を放り投げ日が暮れかけた街に飛び出しました。せっかく来たんだからチェーン店は嫌だな。でも個人店は常連のみだろうし。いっそ街中華で飲むか? でもなんか入りにくい。うわっなんだよ、キャバクラか。コミュ障の俺は行ったことないし、ボッタクられたら嫌だな。などと結局何処にも入る事は出来ずに、チェーン店の牛丼屋に入店。しかしビールの値段を見て、なんだ...

勤務体制と一人での時間

FUNKOT(ファンコット)と言う音楽ジャンルを知った自分は、Youtubeを検索、片っ端から聞いてました。Youtubeで検索をすると分かるのですが、上がっているもモノはほとんどMIXされているものです。当時の自分はもちろん「つなぎ」なんぞ意識する事無く、助手席に放り投げたスマホでむやみにテンションの上がるソレを垂れ流していました。ここで唐突ですが、自分の勤務体制の話です。自分が住んでいるのは埼玉県、結婚もしており中学生の子供もいます。しかし働いているのは群馬県。しかも北は沼田から東は太田、西は富岡、前橋、そして高崎と全域に渡ります。当然、群馬、埼玉と往復するのは厳しいため、群馬にいる間はビジネスホテルに泊まり(連泊)、休みの前は自宅に帰るという勤務体制でした。その日の仕事を終えるとビジネスホテルへ。平日はそんな感じです。さて、アフターファイブ。経費節約の為にビジホは大抵中心部から離れた場所。飲みに行くのにも、車が無いと行けません。となると帰りは代行。代行使ってまでも飲みに行く? 当然その分は自己負担。いやいや──。という事でホテルの部屋でチビチビとテレビを見ながら飲んでました。しかし、まぁ飽きる。スマホのゲーム。札束での叩き合い。放り投げる。自宅に帰りさえすれば、妻や子供となんやかんやありますが、結婚して15年。いざ一人になるとやる事なんてなんも浮かびません。「あれ? 俺なにし...

FUNKOT(ファンコット)とは

前回の記事を自分で読んでみると、何だこれ?ですね。やっぱりお酒を呑みながら文章(SNS含む)を書いては駄目です。そもそもファンコットとは、ですが、音楽のジャンルの事です。ファンコット(Funkot)とは、2000年初頭にインドネシアの首都ジャカルタの歓楽街であるコタ地区(en)で誕生した音楽ジャンルの一つ。 インドネシアの歌謡曲であるダンドゥットなどのハウス・リミックスをもとに誕生したテンポの速い(180-200BPM)ダンスミュージックである。 日本では2009年の発見当初ファンキー・コタ(Funky kota)と呼ばれていたが現在ではファンコット(Funkot)という呼び方が一般的になっている。(wikipediaからの引用)です。この「日本では2009年の発見当初──」の文。良いですねぇ。音楽ジャンルの発見! 良いですねぇ。んでこの「日本では2009年の発見当初──」の発見者がどうやら高野政所、らしいのです。*もっとファンコットについて知りたいッ、という方は”SUAMA”さん(後にこのブログにも出てきます)という方の解説が現時点最高です。https://note.mu/suama/n/n9b5fb117592fTBSラジオから流れたファンコット。自分は一耳で衝撃を受け、ハマってしまったのでした。

高野政所 師匠(←勝手に呼んでます)とFUNKOT

2018年5月21日自分の人生を変えた(大げさ)日、です。「アフター6ジャンクション」内のコーナー「ビヨンド・ザ・カルチャー」に高野政所が登場。この高野政所という男(敬称略)。どうやら何かをやらかしたらしく、謹慎開けの登場。詳しくはwikiを参照。ですが、著書「前科おじさん」を読めとの事。まあ、この時点で、お察しですが。兎に角、この高野政所が今回、TBSラジオが社運をかけた帯番組の「アフター6ジャンクション」に登場したのはファンコット最前線を紹介するため。ファンコット、ナンノコッチャですが、聴いているうちに、、、、、BPM180高速有名曲を魔改造え、なにこれ、すげー、おもしれー。と衝撃を受けたのです。

オッサンとラジオ④

おい、いい加減DJの話をしろよ。とお叱りの声が聞こえてきそうですがもう少しだけ、、、、、、とにかく「ウィークエンドシャッフル」の最終回。確か自分は出張先のビジネスホテルで聞いておりました。新参者のリスナーとしての自分は聞いたことのない懐かしのコーナー、こんなことがあったなどを聞きながら、学生時代にも味わった1つの番組の終わりに寂しさを感じてました。ラジオ番組の終わりって、なかなか周囲の人と共感できないんですよね。そんな中、飛び込んできたのは「ウィークエンドシャッフル」→「アフター6ジャンクション」の昇格(?)発表でした。しかも放送時間は月~金の18:00~21:00までの仕事帰りド真ん中の放送!「ムービーウォッチメン」は継続!ひゃっほう! そりゃあ第1回から聞きますよ!そして忘れもしない2018年5月21日を迎えます、、、、、、、、、

オッサンとラジオ③

「ウィークエンドシャッフル」は土曜日の22:00~24:00の2時間の放送でした。当然、仕事をしている時間ではないので、radikoのタイムフリーで仕事の移動中に聞いておりました。ここから自分はTBSラジオのリスナーになっていきます。中学、高校とニッポン放送リスナーとしてのTBSラジオは、なんとなく敵でした。いくら「岸谷五郎の東京レディオクラブ」が面白くても「ふん、TBSだろ?」と今となってはよくわからない理由で聞かなかったですね。(当時の自分の偏屈ぶりはテレビでもあって、フジテレビの月9はつまらなくても必ず見る。ドラマはフジテレビ以外の物は見ない、なんてのもありました)ワイドFMの効果もあり、また「伊集院、お前ここでやってたのかよ! 荒川ラップブラザーズのCD買ったんだぞ、俺」ということもあり、「伊集院光の深夜の馬鹿力」「爆笑問題カーボーイ」「問わず語りの松之亟」などを聞くようになってきました。そんな中──「ウィークエンドシャッフル」が終わるのです、、、、、、、、、

オッサンとラジオ②

さて、傍から見たら暗い青春時代、当人からしたらそれはそれで楽しかった青春時代から一気に平成末に。なんやかんやで営業車が配備される職に就いた自分。ニッポン放送から聴くラジオ局がNACK5に変わった自分。「ファンキーフライデー」で何回か採用されて日の丸ステッカーをゲットしたり、午前中は「池辺愛のmonaka」を聞きながら営業先に出向いたりしておりました。自分のiPodを持ち込んで音楽も聞いてたんだけど、飽きちゃうんだよね。そんな中、たまたまYoutubeで聞いたのが「宇多丸のウィークエンドシャッフル」の1コーナーの「ムービーウォッチメン」。自分が気になっていた映画の評論してて、ここから自分はリアルタイムで「ウィークエンドシャッフル」を聴くリスナーになっていきます。

オッサンとラジオ①

41歳──自分は営業職のサラリーマンとして働いておりまして、営業車ではもっぱらラジオを聞いてます。思い起こせば中学、高校生時代、自分の青春にはラジオがありました。自分の部屋にテレビがなく、古い手合わせの親父譲りのラジカセが、唯一の娯楽。学習机に座りながら、三宅裕司のヤングパラダイス、伊集院光のオーデカナイト、電気グルーヴのオールナイトニッポンをリアルに聞いていた世代です。中山美穂の(題名は失念)ラジオが終わると、あぁ──明日学校かぁと思って憂鬱になってましたねぇ。